ついに医師から治療方法がないことを告げられた。
薬が効かなくなってもまだ次があった時はどんなに心強かったことか…。
母は勿論、父も私も言葉の発し方を忘れてしまったみたいにただ医師がカチャカチャ動かしているパソコンの画面を見つめていた。
何か…何か他の手を
何か次に繋げなければと
質問を考えるんだけど、頭の中は絶望が支配していて
考えても考えても何も浮かばない。
「一応、飲み薬もありますが、飲んでみますか?」
気休め程度といった言い方で腹が立ったが、何もしないでこのまま死を待つだけなんて出来ないから飲むことにした。
父はまだ希望を捨ててなくて、飲み薬でも効くかもしれないと言っていたが
母も私も前向きにはなれなかった。
でもその時、私の頭には希望を繋ぐ為のある考えが浮かんでいた。
それは、セカンドオピニオン。
昨年、大学時代の先輩の結婚式に出席した時、久しぶりにたくさんの友人に会う機会があって
そこで母を亡くしたという友達と話すことが出来た。
彼女の母も大腸がんで色々な治療方法を試したという。
その時の話を思い出し、私は母を彼女の母親がかかっていた医師に診てもらいたいと思った。
もう何もしてくれない今の主治医より、可能性を見出だしてくれる医師に変えた方がいい。
もうセカンドオピニオンをして転院させる気満々だった。
夜、父と母にそのことを伝えてみたが二人共乗り気じゃなかった。特に父は反対だった。
「今の病院には戻れなくなるんだ。そんな事はしない方がいい。」
「とりあえずセカンドオピニオンだけでもしよう。他の病院で意見を聞いてそれでもダメならそのまま今の病院にいればいいし。」
「そんな事したら今の医師が嫌がるだろ。」
母がかかっていた病院は母が昔からの馴染みの病院で家からも近い。しかし私が勧める病院は電車で一時間半もかかる場所にあった。
父は何かあった時に直ぐに診てもらえる病院と手が切れてしまう事を凄く恐れていたのだ。
「でもこのままじゃ死ぬのを待つだけじゃない!?」
「まだ飲み薬がある。」
「気休めだよ!!」
暫くはこんな言い合いが続き、2ヶ月ぐらい飲み薬を続け、検査結果が良くないことを知らされた日
母はセカンドオピニオンをすることを決意する。