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2012.03.30 Friday
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    母の記録10

    2012.03.15 Thursday 16:37
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      9月になり、私は里帰り出産の為実家に戻った。

      といっても生まれ育った我が家ではなく、急遽借りたマンスリーマンションへ。

      母の足が浮腫みだし、我が家の98段の階段を上り下りするのが難しくなってしまった為、駅から近いマンスリーマンションから通院することになったのだ。

      それに私も臨月が近くて階段はちとつらかったので。


      久しぶりに会った母は、以前よりもかなり痩せていて驚いた。

      肉がなく、骨に皮がはりついているといった感じだ。がんになる前の丸々と太っていた母の面影は全くなかった。

      体はガリガリなのに、足だけが異様に張れていて、足だけは細かった母の体系が全く逆になっていた。

      食欲がなく、朝はパンをなんとか食べ、昼は私が作ったうどんを3分の1ぐらいしか食べない。夜はおかずを少し食べるぐらい。

      「そんなことじゃどんどん痩せちゃうよ。食べなきゃだめ!」

      毎日食事の時間は母を叱っていた。

      今はそのことをすごく後悔している。母は本当に食べれなかったんだ。あの時、あんなに怒らないで、食べれない母を労ってあげればよかったと。

      でもその時は、生きてもらいたいから、がんと闘ってもらいたいから、弱気になり始めていた母を叱って奮い立たせたかったんだ。

      せっかく賑やかな場所にマンションを借りたんだから、外食にも誘った。
      9月の2週目ぐらいまでは、まだなんとか動く事ができ、何回か外食に行ったり、赤ちゃん用品を買いに行ったりした。ただ、毎日飲んでいる解熱鎮痛剤のせいで、意識がボンヤリしている様だったが。

      母とは色々話しをした。

      誰かの噂話だったり、赤ちゃんのこと、上の子のこと。

      もしも、の時のことやがんの事はほとんど話さなかった。

      ただ、今まで通りたわいない話をしたかった。

      9月の半ば、一度実家に戻った。
      母も私も移動するのは辛かったが、私は実家に送った赤ちゃん用品を取りに行かなければならなかったし、母は秋、冬物の洋服を取りに行くため。

      「お父さんの冬物も持ってこなきゃ。お父さんは自分じゃ何にも分からないから。私が死んだらどうするのかしら?」

      私は何も言わなかった。

      2泊3日で実家に戻ったが、母は洋服の整理をする意外はずっと寝たままだった。

      私も母の隣に布団をひき、息子と3人で昼寝をした。

      子供の頃はずっと隣で寝ていた母。あの時は、母がこんな状態になるとは夢にも思わなかった。ただ、親は高齢だからお別れするのは誰よりも早いんだと、漠然とした不安を抱えていたんだ。


      そして、私達は再びマンションに戻った。

      今思えば、あれが母が我が家で過ごした最期の時になってしまった。

      母の容態はそれから急激に悪くなっていったんだ。


      category:★母のこと | by:あひるcomments(0) | - | -

      母の記録9

      2012.03.09 Friday 10:54
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        JUGEMテーマ:家庭


        母が新しいクリニックで治療を受けようとしていた矢先、それを阻むかの様に、母が風邪をひき

        発熱、咳が続き、なかなか回復する事ができなかった。

        当時は、私の息子の風邪がうつってしまったんじゃないかと、息子を連れて実家に行った事を後悔し連れて行くべきではなかったと自分を責めたが

        今考えると、あれは母が亡くなった直接の原因の始まりだったのかもしれない。

        母の体調は

        朝は平熱なのだが、午後になると微熱になり、夜は38℃まで上がってしまう。

        そして、尋常じゃない咳。

        四六時中、コンコンと乾いた咳をし、話をするのも大変な程。

        新しいクリニックの主治医にその事を話し、治療を始めるのを少し遅らせしばらく様子をみることに。

        しかし、いつまでたっても同じ状態が続くので

        主治医から

        「熱は癌によるものかもしれない。体調のいい午前中に一度クリニックにいらっしゃい」

        と言われ、母はようやくクリニックに行ける事になった。

        そしてクリニックで肺のレントゲンを取り、血液検査などした結果

        やはり熱は癌によるもので、心配していた肺の方は特に動きがないということ。咳はやはり風邪からくるものだったみたいでホッとした。

        なので翌週から抗がん剤治療も始められることになり、一安心。

        しかし、母は熱が出ると何もできなくなってしまう為、それがかなりネックに。

        解熱鎮痛剤を毎日飲む事になったが、その薬はかなり強いらしく飲むと意識が少し低下してしまう。

        そして治療が始まり、少量でも抗がん剤を入れると、多少気分が悪くなりと体調は右肩下がり。。。

        新しい治療をうけれると喜んでいたが、またあたらしい壁にぶつかってしまった。

        QOLが下がってしまったら、転院した意味もない。

        私はその頃妊娠中で、上の子もいたしなかなか実家に帰る事ができなくて、母とは毎日電話で話していたが

        日に日に弱っていく母の声に、心配で仕方がなかった。


        主治医からは、いい方向に進んではいる、と言われていたが

        久しぶりに実家を訪れる度、痩せていく母の姿に

        本当にいい方向に進んでいるの?

        と疑問を感じずにはいられなかった。


        しかしXdayは確実に迫っていた。

        母が亡くなる約1ヶ月は私達家族の怒濤の生活が始まる。

        多分今まで生きていて一番濃密で、そして母と一緒の最期の私達家族だけの生活。

        私は一生この時の事を忘れない。
        category:★母のこと | by:あひるcomments(0) | - | -

        母の記録8

        2012.03.09 Friday 10:32
        0
          JUGEMテーマ:家庭


          主治医にセカンドオピニオンの事を話し、必要な書類を準備し友人に紹介されたクリニックへ向かった私達。

          藁にも縋る、とはまさにこの事だなぁと感じた。

          もう母にはそのクリニックしかなかったから。

          結論から言うと、私達はそのクリニックに転院する事を決めた。

          今まで通っていた総合病院とは違ってクリニックだから入院設備もないし、家からもかなり遠い。
          でも、今までの主治医と違って、そのクリニックのの院長先生は

          まだがんと共存する余地がある

          一緒に頑張りましょう

          と、私達に希望を与えてくれたから。その時の私達には、治る治らないとかそういう事よりも、励ましてくれる、いたわってくれる言葉が必要だったんだと思う。

          ただ、転院するにはひとつ条件があって(それが結構大問題)

          何かあった時に診てもらえる病院を必ずバックにつけておくこと。要はそこのクリニックでは癌の治療しか行えない。それはそのクリニックに入院する設備がないこと、家からの距離が遠すぎる為、治療の途中で何かトラブルがあった時、救急車でたらい回しにされてしまう可能性があるから、とのこと。

          まぁ、はたから聞けば治療はしますが何かあってもうちは責任持ちません、みたいな感じでちょっと「え?」って思っちゃうけど、それは仕方ないんだと思う。

          でも現実問題、治療は別の病院でやるけれど何かあった時に診てくれるってそんな都合のいい病院はなかなかなく、そこがネックでクリニックに転院できないという患者さんは多いとか。

          そりゃ命が関わっているんだから、急に診てくださいって言って診てくれる医者なんていないだろう。。。

          少し希望の光が見えたのに、またしても問題を抱えた私達。

          ▽▽▽

          その後、私は家の近くの病院にかたっぱしから電話をかけ、何かあった時診てもらえないかと問い合わせたが

          案の定

          「うちは紹介状がなければ駄目です。今の主治医と相談してください。」

          と門前払い。

          分かってはいたけどさ、結構対応冷たいんだ。こっちは生きる為に必死なのに、どの病院も「は?あんた何言ってんんの?」って感じ。

          流石に電話かけてて涙出たよ。

          でも、これはやっぱり母の人徳なのかな?

          数日後、セカンドオピニオンの事を今の主治医に伝えに行った時、駄目もとでその事を主治医に話したんだ。

          要は転院はするが、具合が悪くなったらみてくれ

          という事を。そんな虫のいい話、今の主治医がうんと言ってくれる訳ないだろうと思っていたんだけど、意外にもあっさり

          「いいよ。でもその時ベッドが空いてなかったら厳しいけど。確約はできないけれど、診てあげる」って。

          本当に有り難かった。

          でも、厳しい事も言われた。それは今の医療、病院の限界について。それは

          まず転院先の治療方法。

          今までは、抗がん剤を各クールごとにがっつり入れて、がんを攻撃していったのだが、転院先では母の癌に効くだろう抗がん剤を色々組み合わせ、少ない量を毎週入れるというもの。副作用も少なく、QOLも保つ事ができ癌と癌と共存して延命させることを目標とするんだが

          それに対して主治医は

          癌はそんな治療で押さえられう程甘くない。ハッキリ言って気休め程度。
          治療を頑張るのはいいが、それよりも近い将来の事をしっかり考えなさい、と。

          今病院は圧倒的にベッド数が足りなくて、もしもの時に入院できるとは限らない。これから先、寝たきりになるだろうし、ホスピスの準備をするなり、在宅なら往診してくれる医者を探すなり、自分の最期をどうするかを考えなさいと。

          まだ元気は母にこれは結構きつい言葉だった。

          その時は、あんな酷い事言わなくてもいいじゃないかと、母と二人主治医を恨んだが、今考えると医師は今のがん患者の現状を知っていたからこそ、夢見る私達にしっかり忠告してくれたんだ、と思う。

          医師が言うには

          癌の進行が進み、体が弱り介護や緩和が必要な時は病院がいっぱいで診てもらえないケースが多いという。
          ホスピスも患者数に対して圧倒的に少なく、入りたいときは3ヶ月待ちとかで入れないまま亡くなってしまう人もいる。救急車で病院に搬送するも、今までかかっていた病院はいっぱいで、たらい回しになるという事もあり、知らない病院では今まで受けていた患者の治療履歴が乏しく、今後の治療方法を決定しづらいらしい。

          今では本当に医師の言う通りだったな、と思うが当時はそんな言葉は聞きたくなかった。

          母もかなり落ち込んでしまったし•••。

          そして母は、クリニックに転院することになり

          緊急時は今までの主治医に診てもらうという新しい体制になった。
          category:★母のこと | by:あひるcomments(0) | - | -

          母の記録7

          2012.01.17 Tuesday 19:55
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            ついに医師から治療方法がないことを告げられた。

            薬が効かなくなってもまだ次があった時はどんなに心強かったことか…。

            母は勿論、父も私も言葉の発し方を忘れてしまったみたいにただ医師がカチャカチャ動かしているパソコンの画面を見つめていた。

            何か…何か他の手を

            何か次に繋げなければと

            質問を考えるんだけど、頭の中は絶望が支配していて

            考えても考えても何も浮かばない。

            「一応、飲み薬もありますが、飲んでみますか?」

            気休め程度といった言い方で腹が立ったが、何もしないでこのまま死を待つだけなんて出来ないから飲むことにした。

            父はまだ希望を捨ててなくて、飲み薬でも効くかもしれないと言っていたが

            母も私も前向きにはなれなかった。

            でもその時、私の頭には希望を繋ぐ為のある考えが浮かんでいた。

            それは、セカンドオピニオン。

            昨年、大学時代の先輩の結婚式に出席した時、久しぶりにたくさんの友人に会う機会があって

            そこで母を亡くしたという友達と話すことが出来た。

            彼女の母も大腸がんで色々な治療方法を試したという。

            その時の話を思い出し、私は母を彼女の母親がかかっていた医師に診てもらいたいと思った。

            もう何もしてくれない今の主治医より、可能性を見出だしてくれる医師に変えた方がいい。

            もうセカンドオピニオンをして転院させる気満々だった。



            夜、父と母にそのことを伝えてみたが二人共乗り気じゃなかった。特に父は反対だった。

            「今の病院には戻れなくなるんだ。そんな事はしない方がいい。」

            「とりあえずセカンドオピニオンだけでもしよう。他の病院で意見を聞いてそれでもダメならそのまま今の病院にいればいいし。」

            「そんな事したら今の医師が嫌がるだろ。」

            母がかかっていた病院は母が昔からの馴染みの病院で家からも近い。しかし私が勧める病院は電車で一時間半もかかる場所にあった。

            父は何かあった時に直ぐに診てもらえる病院と手が切れてしまう事を凄く恐れていたのだ。

            「でもこのままじゃ死ぬのを待つだけじゃない!?」

            「まだ飲み薬がある。」

            「気休めだよ!!」


            暫くはこんな言い合いが続き、2ヶ月ぐらい飲み薬を続け、検査結果が良くないことを知らされた日

            母はセカンドオピニオンをすることを決意する。
            category:★母のこと | by:あひるcomments(0) | - | -

            2012年だ!!

            2012.01.01 Sunday 22:34
            0
              120101_111905.jpg

              A Happy New Year!!

              喪中ですが、食べちゃいけない事はないと思うんで蟹買いました(^_^)

              かーなーり、奮発!!!
              正月に蟹食べるの恒例になりつつある我が家(^_^;)

              あとは煮しめじゃなく筑前煮作って、いちおお雑煮も作ってみたりして。

              来年から母に変わって私がおせち作らなきゃな。受け継いだ家庭の味を守らないと!

              今日は暇なのでパパと子供達と近くのダイエーに行きました。じじはお留守番。



              ↑息子のイタズラ。
              パッと見た時笑った(笑)
              category:★日記 | by:あひるcomments(0) | - | -

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