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2012.03.30 Friday
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    今日は

    2011.12.22 Thursday 22:59
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      叔母が実家に来てくれて、母の服や着物を整理した。

      と言っても大半は私が何日もかけて整理したんだけどね。今日は母の服を何枚か貰ってもらいたくて。

      とにかく母は無駄遣いの女王で大量に服を持っていた。しかもお気に入りのブランドのものしか買わないから金額は…バカにならないと思う。マジで!!

      私も父も知らなかったけどエプロンやパジャマなんて100枚以上あった( ̄▽ ̄;)

      いいものは保管しといて、将来着るんだ♪多分あと20年後とか(笑)その時は服買わなくてよさそう!!

      ちょっと先の未来が楽しみになった(*^^*)
      category:★母のこと | by:あひるcomments(0) | - | -

      母の記録5

      2011.12.14 Wednesday 11:40
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        JUGEMテーマ:健康


        母が行った抗がん剤治療は、大腸ガンの患者が行う一般的なもの。何種類かの抗がん剤を組み合わせて投与する。

        効果が期待できなくなったら数少ない治療方法の中からまた違う組み合わせの抗がん剤を使う。

        全ての治療方法を使いきったらthe endというわけた゛。

        ただ、母がラッキーだったのは2007年にアバスチンが認可され使える様になったことだ。

        アバスチンは抗がん剤じゃないんだが、癌細胞が栄養を取り込むのに必要な血管を作るのを阻止する事ができる。
        なので抗がん剤と併用して使うと効果が大きいらしい。

        ただアバスチンにも副作用があるため、使い続ける事はできないんだが

        母の場合アバスチンのおかげで生存率が伸びたといっていいほどだ


        □□□

        抗がん剤治療が始まると同時に、副作用が現れ始めた。
        最初はやはり胃の不快感。嘔吐はしなかったが、気持ちが悪いらしく食欲がなくなる。
        「気持ちが悪い」と言い座椅子に座っている日が続く。
        でも母は癌に立ち向かう気満々だったので、数日がたって気持ち悪いのがなくなってくると一生懸命にご飯を食べ始めた。

        辛い一週間が過ぎ、次の抗がん剤治療までのもう一週間が母にとっては普通に生活できる時間なのでその一週間は元気に過ごす事ができたのが唯一の救いだ。

        抗がん剤の副作用は薬を変える度に変わり、脱毛は勿論、酷い口内炎、下痢、手足のしびれ、爪の周りが膿む等、酷いものだった。癌と戦っているんだか、抗がん剤と戦っているんだか分からないくらいだ。

        それでも母は戦った。
        例え髪の毛が抜け落ちたって、かつらや帽子をたくさん買って少しお洒落を楽しんだ。
        気持ちが悪くても少しは栄養とらなきゃと、ウィーダーインゼリーを飲む等できる事をした。

        頑張った甲斐があったのか、手術から2年して医師から肝臓の癌が石化し動かなくなったといういい報告をもらった。PETでも肝臓以外の転移もなく、動いている癌はない事が分かり母も私達も大喜びだった。

        そして医師からは抗がん剤治療は一旦終わらせましょうという提案をされた。

        抗がん剤を終わらせる、そう言われた時正直私は戸惑った。
        癌が転移し、ステージ4という末期の状態で果たして抗がん剤を終わらせて大丈夫なのか、と。
        「今使っている抗がん剤をこのまま続ける事はできないんですか?」
        念には念をと思い、そう医師に尋ねると
        「○○さんの場合、白血球がだいぶ少なくなっています。このまま抗がん剤を使い続けるのは難しいし、現在は病状が安定しているので一旦終わらせた方がいい。」(確かこんな事を言われたと思います)

        それなら仕方ない。不安は残るがそういう理由があるなら、しばらく体を回復させる為に一旦お休みするという形で、母の抗がん剤治療は終わった。

        私は本当に癌は再発しないんだろうか?とかなり不安だったが、母は治ったと大喜びでその日から約1年間は癌になる前の普通の暮らしをする事ができた。

        私も第一子を妊娠する事ができ、母も大喜びで一緒に出産準備をしたりと楽しい時間を過ごす事ができた。
        母も父と二人でバス旅行を楽しんだりと、穏やかな時間を過ごせたと思う。

        そして私の出産を控えたある日

        浮かない顔をして帰ってきた母から悪い知らせをもらった。





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        母の記録4

        2011.12.07 Wednesday 15:29
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          JUGEMテーマ:健康


          2008年

          大腸がんの手術は無事成功し、肝臓に転移したがんを叩く新たな戦いが始まった。

          闘病生活が本人や家族にとってどんなに辛く大変なものかは、ドラマや本で知っていたが現実は想像していたよりも遥かに辛いものだった。

          抗がん剤の種類とか治療方針はほとんど医師に任せていた為、細かく薬について調べたり記録として残したりはしてなかったので詳しい事はかけないが

          副作用、その時の気持ち、日々の生活をおおまかに書いていこうと思う。


          □□□

          抗がん剤治療をするにあたり、まず母の右胸のあたりにカテーテルを装着する手術をする。
          (抗がん剤を直接血管に入れる為、肝動脈に管を挿入する)

          「今まで何度も手術してるからこんな手術怖くもなんともないわ。」

          そう言いながら笑っていた母を思い出す。

          無事カテーテルを装着し、いよいよ抗がん剤治療開始。

          病院に行き、水筒の様なものをぶら下げ(その中に抗がん剤が入っている)家に帰宅。

          確か二日ぐらい家で抗がん剤を入れ、再び病院に行きその装置をとってもらう、という事を2週間ごとに繰り返した。


          一回目は抗がん剤が水筒みたいな装置から漏れていて、その日の夜大慌てで病院へ行ったのを覚えている。
          不安そうな母の手を握ってあげて、「大丈夫、大丈夫」と元気づけてあげたな。


          こうして始まった抗がん剤の治療。
          どんどん強くなる副作用に負ける事なく、母は亡くなるちょっと前までの4年間やり続けた。



          category:★母のこと | by:あひるcomments(0) | - | -

          母の記録3

          2011.12.05 Monday 23:17
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            JUGEMテーマ:家庭


            2007年 夏〜冬

            母の病気が分かった。

            もともと”痔”持ちの母だったが、この頃出血の様子がおかしいと言い始め、病院へかかった時は大腸癌ステージ4の末期の状態だった。

            常日頃病院にかかっていた母なのに、何故こんな状態になるまで分からなかったんだろうと、未だに悔やまれる。
            病院でも「痔でしょう」と言われ続けていた。

            ”痔”だと思い病院へ行かずに、大腸がんが進行していたという例は少なくないらしい。

            私事だけど、結婚が決まり式の準備をさあ進めようかという矢先の出来事だった。


            秋に癌を切除する手術をする。
            この時はまだ切除すれば治るという希望はあった。
            でも、手術の結果がんは大腸だけに留まらず、一番転移しやすい肝臓へ飛んでいた。

            転移があっても病巣がひとつで、場所がよければ肝臓の癌も切除する事ができる。
            しかし母の場合、がんはひとつではなく小さいがいくつかに散らばっていたらしい。

            肝臓は手術不可能。
            これからは完治を目指す治療ではなく、延命させるための治療法に変わる。

            それは母にとって辛い闘病生活の始まりだった。



            この時は辛かったなー。
            母が亡くなった時も勿論辛かったけど、覚悟が少しずつ出来ていたってのがあるから。

            でもこの時は本当に予想だにしない事だったから毎晩泣いてた気がする。子供もまだいなかったし、仕事もやめてたからずっと母の事ばかり考えてたな。

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            四十九日

            2011.11.26 Saturday 00:27
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              先日、母の四十九日を終えた。

              風は寒かったが雲ひとつない晴天で、とても良い日だった。

              今まで一緒にお墓参りきに来ていた母が、墓に入ってしまうなんて

              何だか不思議だ。

              あんなに太っていた母が骨壺に納まってしまい、墓の下に納められてしまった。

              肉体はないけど、あんな場所に入れられて寂しいだろうな。

              なんて思いながら、納骨を終えた。

              葬儀の時の様に涙する人はもうおらず、みんな普通に笑って会話していた。

              あぁ、母はもう過去の人になってしまったんだな、と思った。

              私自身、もうくよくよはしてないが、母の存在がなくなってしまうことは寂しい。

              心にポッカリと穴が開く

              よく使われる表現だが、本当にその表現が今の私にしっくりくる。

              その穴はきっと長い時間をかけなければふさがってくれないんだろうな。
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              母の記録2

              2011.11.19 Saturday 19:42
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                今から10年くらい前

                母が胸にしこりがあると言い出した。そして押すと痛みがあると。

                「乳ガンかもしれない。」


                そう言う母に、また始まったと呆れる私と父。

                叔母も、痛みがあるのは乳ガンじゃないよと言っていて

                確かに今本とかネットで調べても痛みがある場合、乳腺炎とか別の病気が考えられるなんて載っている。

                が、しかし

                病院の検査で母の胸のしこりは乳ガンであることが分かった。

                衝撃だった。

                何で!?って感じだった。

                当時、私は色々忙しくて母の手術の時側にいてあげられなくて

                今更ながら、何で家族の一大事の時に母を優先してあげれなかったんだろうと悔やんでる。

                結局母は右の胸を全摘し、検査の結果転移もなく本当に初期の段階であることが分かり

                私達家族は手を叩いて喜んだ。

                胸がなくなってしまったことよりも、まだまだ長生きできることを母は喜び

                それから約10年、何事もなく過ごすことができた。(最初の5年は病院に通っていたが)

                乳ガンを克服した母。

                もうこれから先ガンなんてもんと二度と関わらないだろうって思っていた。

                母も普通の生活に戻っていたし、乳ガンの事は忘れ去られていたのに…。



                乳ガンは痛みがない

                そんな情報はあてにならない。

                しこりを見付けたら、すぐに病院に行く

                これ絶対!。

                そのちょっとした判断の遅れで手遅れになることだってあるんだから。

                「余命一ヶ月の花嫁」の彼女は胸のしこりが500円玉ぐらいだったとか。因みに母は小豆ぐらいの大きさ。

                彼女の母親も確か乳ガンで亡くなっていたと思うが

                母親が若年性乳ガンの場合、娘が乳ガンになる確率は高いらしい。それなのに何でもっと早く病院に行かなかったんだろう?と思ってしまう。

                だけど、今でこそ乳ガンに対する意識は変わってきているが当時は私が思っていた様に乳ガン(ガン)なんて病気、自分には無縁のものと思われがちだったんだろう。

                女性ならではのガン。
                乳ガンに限らず、気をつけなければ。
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                母の記録1

                2011.11.09 Wednesday 22:48
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                  「ガンかしら…」。


                  昔から何かあるとそう言うのが母の口癖だった。


                  身内に癌の人なんていないし、今思うと何でガンだガンだと心配していたのか分からない。


                  兎に角、よくそんな心配をしていたので父と私は母の事を


                  がんもどき(精進料理)


                  と言ってからかっていた。


                  当時、小学生だった私は癌という病が恐ろしいという事は知っていたがそれは何か特別な病気で人がそんな簡単になるような病気ではないと思っていた。


                  自分には一生関係ないと。
                  category:★母のこと | by:あひるcomments(0) | - | -

                  母の記録

                  2011.11.01 Tuesday 16:12
                  0
                    JUGEMテーマ:家庭


                    母の記録をそろそろ書いていきたいなと

                    思ってたりします。


                    人に公表する様な事じゃないのかもしれないけれど。


                    母が病気になってから、一喜一憂の毎日で

                    でもだからこそか分からないけれど、人生で一番濃密な日々だったかも。


                    傍にいるときは気がづかなくて、いなくなって初めてそのありがたみを感じるというのは

                    本当なんだなぁと思う。


                    母が亡くなったら、悲しくて悲しくて毎晩泣いて過ごすんだろうなって思っていたけれど

                    案外人って強いみたいで、今はふとした時に

                    あぁもういないんだなぁ

                    って寂しくなるくらい。


                    多分四十九日が済んで、私が実家から家に戻りすべてが落ち着いた後に

                    その寂しさがジワジワと強くなってくるんだろうなと思う。


                    そんな時は、ブログでも書いておもいっきり泣いたりしてみようかな。
                    category:★母のこと | by:あひるcomments(0) | - | -

                    お別れ

                    2011.10.10 Monday 04:43
                    0
                      今しがた

                      母を送った。

                      別れとは

                      突然訪れるものだな。
                      category:★母のこと | by:あひるcomments(0) | - | -

                      入院14日目

                      2011.10.09 Sunday 22:31
                      0
                        父と息子と母のお見舞いへ。

                        相変わらずスヤスヤ眠っていた。

                        でも話し掛けると手を動かしたり少しだけ顔を動かしたりと昨日より反応があった。


                        苦しそうじゃないから無理矢理起こしたりせず、手と足をさすってあげて帰った。

                        日曜日の病院は凄く静かで

                        天気が良かったせいか、放課後の学校みたいな感じがした。

                        母はちょっと昼寝をしてる

                        そんな感じだった。
                        category:★母のこと | by:あひるcomments(0) | - | -

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